長崎県教育センターWeb情報 第263号 (平成20年4月11日)

新年度を迎えて


長崎県教育センター所長 法澤嘉夫

 一昨年の教育基本法の改正に始まり、教育三法の改正、そして小中学校の新学習指導要領の告示に至る教育改革の動きについては皆さんご承知のとおりです。ただ、国の教育改革は決してスムーズに運んでいる訳ではありません。学校教育法、地教行法、教員免許法の三法は改正されましたが、教育基本法関連の社会教育三法(社会教育法、図書館法、博物館法)は、改正法案が国会に提出されているものの、審議にも入っていません。ご承知のとおり、「ねじれ国会」のためです。今頃は既に策定されていたはずの、国の「教育振興基本計画」も未だに公表されていません。国政の混乱が教育改革の動きにも影響を与えていると言ってもいいでしょう。

 また、本県においても、国の動きを視野に入れながら、これからの長崎県の教育の目指すべき方向性を体系的に示した「長崎県教育振興基本計画」を策定し、2月定例県議会に計画案件として提案しましたが、もっと県民の意見を聞くべきである、現在審議中の「長崎県子ども条例」と
の整合を図るべきである、そして、議会においても議論が尽くされていないなどの理由で「継続審議」となりました。

 これは、国の動向と直接に関連したものではありませんが、「ゆとり」からの脱却による学力の向上が基本に据えられ、それが「戦後教育からの脱却」、「伝統文化への回帰」に結びつき、様々な議論がなされています。国民、県民の教育への関心が、かつてない程高まっていることは間違いありません。

 現在の教育改革、そして様々な議論の端緒となったのが平成15年に実施されたOECDの国際学力調査の結果だったことは間違いないと思います。日本中が子ども達の「学力低下ショック」に見舞われました。授業時数の削減と「ゆとり」教育が槍玉に挙げられ、その是正の方策が新学習指導要領にも明確に盛り込まれています。
 「学力向上」は喫緊の課題であり、私達は全力で子ども達の学力向上に努めなければなりません。本県においても本年度新たに、高校教育課に「学力向上推進班」が設けられ、この教育センターからも指導主事が併任でその任に当たることになりました。

 ただ、教育改革の背景にあるものを私達は忘れてはならないと思います。それは、今の日本の(世界のかも知れません)子ども達の「現状」です。
 それは、規範意識や倫理観の低下、自尊感情や思いやりの欠如、コミュニケーション能力の欠如、人間関係を築く力が弱いことなど、ネガティブな子ども達の姿です。子ども達の「変化」と呼ぶべきでしょうが、その要因は言うまでもなく複雑に絡み合っています。極度の少子化・核家族化の進行、個人主義の浸透、人々の価値観の変容、そして、それらの帰結としての家庭と地域の教育力の低下などです。
 言い換えればそれは、豊かさの「負」の遺産であり、社会の成熟に伴う「負」の遺産と呼ぶことができるかも知れません。その「負」の部分が子ども達に凝縮して現れているという気がしてなりません。このことは、いじめや不登校、少年事件とも深い関わりがありますが、問題は学齢期だけに止まりません。引きこもり、ニート、フリーター、ワーキングプア等の問題とも直結していると思われるだけに極めて深刻です。
 
 子ども達の「人間関係力」、「社会力」が脆弱なものになっています。これは取りも直さず、「生きる力」の脆弱さを意味しています。改訂前の学習指導要領の骨格は、「ゆとり」の中で、自ら学び、自ら考える力などの「生きる力」の育成を基本とすることでした。「生きる力」の育成の最も顕著な形が「総合的な学習の時間」であったことは皆さんが一番よくご存じです。
 私達はこれまでの教育で、子ども達の「生きる力」の育成に努めてきたはずでした。ところが皮肉なことに、私達の意に反して、子ども達の「生きる力」がどんどん低下していると言わざるを得ません。学校教育の取り組みを上回るスピードで子ども達の変化が進んでいるようにも思えます。
 幸いなことに、今回の学習指導要領の改訂に当たっての基本的な姿勢として、「知識基盤社会」の時代においてますます重要となる「生きる力」という理念が継承されました。「生きる力」を支える「確かな学力」、「豊かな心」、「健やかな体」の調和を重視すると文科省は表明しました。
 
 今こそ私達は、もう一度原点に立ち帰って、子ども達に真の「生きる力」=「人間力」を育むことを真剣に考えなければならないと思います。
 文科省は「生きる力」を支える「確かな学力」と表現しましたが、私は敢えてその逆を言いたいと思います。「学力は人間力の上に乗る」と。「人間力」の裏付けのない「学力」など存在しないと言いたいのです。仮に存在するとするなら、私の脳裏には、かつて不祥事を頻繁に起こしたエリート官僚の姿がよぎります。それは、極めて「不幸で不毛な」人生だと言わざるを得ません。

 平成21年度から教員免許更新制が、そして小学校で新学習指導要領の試行がスタートします。私達は否応なく、制度改革の波に洗われています。教育センターは、その改革の波の先頭に立たなければなりません。新学習指導要領では、「基礎・基本」と「活用能力」=PISA型学力の両立を求めています。内容は盛り沢山です。子どもたちの学力と人間力の向上に今こそ全力を尽くすときだと感じています。
 新学習指導要領を運用していくとき、先生方の中には迷いや戸惑うこともあるかもしれません。しかし、完全無欠な制度などこの世には存在しません。大切なのは、その制度を運用する人間の「姿勢」であることを忘れてはならないと思います。私達が子どもの「学力」・「人間力」を育むことを常に念頭に置いて取り組む限り、本県の学校教育の「軸」がぶれることはないと信じています。
 
 今、一連の教育改革への対応を始めとして、教育に係る課題が眼前に山積しています。私達は、その課題に一つ一つ向き合い、100%の答えではなくとも、何らかの「解」を出して行かなければなりません。それは、県教委の最大の責務です。課題解決のための政策立案が求められています。教育センターには、現状分析のデータに基づき政策を立案する「シンクタンク」としての機能の強化が求められているのです。
 そのために何が必要なのか、まだ私にその「答え」は見つかりません。その「答え」を一緒に探して下さい。「シンクタンク」とは、調査・分析に基づき政策を立案し、意志決定する「組織」ですが、組織が真に機能するためのキーワードは「人」です。組織の中の一人一人が機能してこそ、組織は有機体のように柔軟な機能を発揮するのです。その意味では、皆さん一人一人が「シンクタンク」でなければなりません。どうか、この一年、私と共に考え続けて下さい。その事を切に願っています。

                     
(平成20年度 県教育センター辞令交付式において)

 トップページに戻る